人に与えるものは、自分に与えるもの。

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人に与えるものは、自分に与えるもの。この不思議とも思える言葉は、実は真実を語っているものです。普通我々は、他人に与えると自分の分は減ると教わりましたし、実際に今もそう思って暮らしています。物を他人に与えると、自分の物が減るといった具合です。だから自分の持ち分を増やそうと奪ったりします。これが資本主義社会の原則です。また、物質や形ではないものも同じ事です。例えば優しさだったり笑顔を他人に与えると、減るとは思わなくとも見返りを要求したりしてしまいます。純粋な心で与えるべきものも、自分で汚してしまっています。

つまり自分の行為の見返りを相手に期待してしまうのです。時には、神様に見返りを期待する人までいます。ご利益がないとか・・・。これでは、見返りが無ければ「優しさ」も「笑顔」も人に与えないぞ!と言っているのと同じ事になってしまい、とっても嫌な人に成り下がってしまう事になります。何かを期待して自分の行動を決めることほど、かっこ悪い事はありません。見返りがなくとも、優しさや笑顔が出来る方は美しいですよね。これが大人としての理想の姿だと思うのです。

そこで考えて欲しいのです。何か気に入らない事があった時、我々は直ぐに文句を言いたくなります。文句を言うと、文句が自分に返って来るのです。もしくは「嫌な気持ち」が自分に返ってきます。人に与えるものは、自分に与えるものなのです。人に親切にすると、気分が良いものです。見返りは一切期待しませんし、そもそも見返りという言葉は人生には不必要なものなのです。

人に与えるものは、自分に与えるもの。あなたが笑うとき、自分に笑いかけているのと同じことだったのです。あなたが他人に優しくするとき、自分に優しくするのと同じことだったのです。そこの損得勘定は一切ない世界です。

でも我々人間は、あいつがこんなことをしたから仕返ししてやろう!とか、全く逆の事をしてしまっています。損得勘定で生きる世界とは、あなたがした仕返しは相手だけでなく、自分に対しても行っている行為だったのです。ですから、心は落ち着きません。苛立ち、カリカリ、イライラして生活する事になるのです。それは実は、自分自身を裏切っていたからなのです。裏切っていたのは相手ではなかったのです。

自分をもっともっと大切にしましょう。仕返しは何も生みません。やり返したらもっと辛くなるだけのこと。自分を守ろうと相手を攻撃する必要もないのです。自分を大切にしましょう。そして当然、お人も大切にしましょう。相手は自分。自分はお相手です。人に与えるものは、自分に与えるもの。あなたが受け取るものは、あなたがした事なのですから。

ヴィジョン / Vision
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