他人への攻撃や自分を守ることでは、安心を得る事はできない!

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他人への攻撃や自分を守ることでは、安心を得る事はできないのです。他人を攻撃してしまうのは、「怖い」から攻撃をしてしまうのです。怖くなければ、攻撃する必要はないからです。小さな犬がいつでも怯えてキャンキャン吠えるのに似ています。吠える方も、吠えられる方も、嫌なものですよね。ですから、人を攻撃して安心を得る事など出来る筈もありません。そして怖がっていても、当然安心など得れる訳もありませんよね。

つまり人間は「怖い」から、自分を守ろうとするのです。傷つくのが怖いとか、悪く言われたらどうしようとか、自分が弱いのがバレるのが怖いとか人それぞれで、沢山の怖いが自分の心を「防御態勢」に入らせるのです。心のバリアを気付いてしまい、本音で他人と話を出来なくなって、どんどん人との距離が離れて行ってしまうという訳なのです。バリアの壁がどんどん厚くなってしまうという次第なのです。

そして怖くて人を防御し、先手必勝とばかりに攻撃もしてしまう!これが「弱い人間」のパターンです。心が強かったら、守る必要もありませんし、ましてや攻撃する必要など一切ないのです。怖くて防御するのが人生の常となってしまうと、頑丈なバリアをつくり上げる様になります。誰もあなたの心に触れる事が出来ない程の城壁です。ここに現代の売れ筋の車のフェイスも「威圧的なオラオラ系」になっているのも、弱いから攻撃的なるという人間の深層心理が表れているです。

そしてその頑丈なバリアが、最後は「あなた自身を苦しめる」こととなるのです。なぜなら、あなたが作り上げたその城壁があなたの心をがんじがらめにしてしまうからなのです。そのバリアから、あなたは一歩も出れなくなってしまうのです。最初は「怖い」から始まったものが、最後には「あなたを縛り上げてしまう」のです。本当に、何も怖がることはないのですよ。だからNEW VISION の目標は『心をオープンにして全てと調和し、遊び心をもって、喜びの渦を巻き続けるプロジェクト』を行いましょうと謳っているのです。もういい加減、心を縛り上げたそのロープを解いてあげる時が来たのではないでしょうか?

Vision / ヴィジョン

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コメント

    • マロン
    • 2019年 11月 24日

    自分で作り上げたバリアが最後には自分自身をがんじがらめにして苦しめる。
    自分もそうだなぁ〜と思いながら読ませてもらいました。

    人と居ると疲れてしまう時があり、それは相手に合わせてばかりいるから疲れるのかなと思っていましたが、
    実は自分で気付かないくらい自然に「悪く思われるかも」と怖がって「防御」や「攻撃」をしているからだという気がしてきました。
    そうだとすると、自分が何かをする動機はいつも「怖いから」だったのかもしれません。
    自分を守ることに囚われて生きているなんて全然楽しくないし、もうバリアを張るのはやめたいなぁと思います。

    • マロンさん、コメントありがとうございます♪

      >自分を守ることに囚われて生きているなんて全然楽しくないし、もうバリアを張るのはやめたいなぁと思います。

      ●本当にそうだと思いますよ♪私たちは、自分を守る為に生まれて来た訳ではないのですから。
      自分を守り、頑なに心を閉ざす為に生まれて来た訳でもありません。
      ましてや、他人を攻撃するために生まれてきた訳でもありません。

      守るものがないと気付いた時から、人生は変わるのではないでしょうか?
      何一つ、守る必要なんかなかったんだ!と思えた時から人生は劇的に変化します。

      守るから苦しくなるのです。
      攻撃するから、攻撃されるのです。
      心が落ち着かなくなります。
      つまり、安らかな心は訪れてはくれないのです。

      愛を持って生きるとはどういう生き方なのか?
      神様の愛に包まれるとはどういう事なのか?
      一つづつ、体験できると良いですね♪
      応援していますよ(^_-)-☆

      Vision

        • マロン
        • 2019年 11月 25日

        暖かいお返事をありがとうございます。
        本当にそうですね。
        私達は自分を守るために生まれて来たのではないと思います。
        何を必死に守らなくてはいけなかったんだろう。
        守った瞬間に攻撃を発生させて、自分で自分を攻撃しているようなものですね。
        そんな生き方に、愛の欠片もありませんでした。

        自分を守ることから離れて、
        愛を持って生きるという事、神様の愛に包まれるという事を感じてみたいと思います。

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