『ドロボーと呼ばれても!』神新二プロフィール(2)

第2回のプロフィール詳細は『ドロボーと呼ばれても!』と少々ショッキングなタイトルとなっております(笑)。選手の完全な嘘の作り話「会社の金を盗んだ」という一方的な誹謗中傷は、TVのワイドショーでも、週刊誌でも、新聞紙上でも、まるで私が犯罪者の様にセンセーショナルに報道されていました。それはそれは本当に恐ろしいものでした。しかし私の心は一切揺らいでも動揺もしておりませんでした。なぜならば「ドロボーなんかしていない」からです。真実はシンプルです。ではなぜ反論の記者会見を開かなかったのかと疑問を持つ人への答えも含めてその詳細を書いていきたいと思います。

しかしそんな感動的な出来事の後半から、私はマスコミ上でM選手達らの嘘やでっち上げで一方的に悪者にされていました。街を歩けば「ドロボー」と指を指されたりもし、自宅にいたずら等もされた事も多々ありました。でも私はUWF解散記者会見の時から「一切選手や関係者の悪口は絶対に言わない」と固く心に誓っていました。なぜならば、それが『新生UWFを始めた者としての責務』だと決めていたからです。そして社長である私がでっち上げや嘘に対して反論したり、それまでに実際に選手がやってしまったことで社長の私自身が尻ぬぐいをして来た数多くのことを明かしたり反論会見を開いていたとしたら泥仕合になるだけでなく、ファンの方々の夢を壊してしまい選手自身の選手生命もその時点で絶たれてしまっていました。それ位数多くの事件事故の後始末で頭を下げ、時には土下座までしてもみ消して来たからです。それはファンに皆様の夢を壊さない様にと、マスコミは勿論のこと友人にも誰にも一切口外しませんでした。

それ程までに、自ら立ち上げた新生UWFへの思いはUWFの生みの親としての自覚は誰よりも強いものでした。一方的に悪口を言われ私が犯罪者扱いされても、一切の反撃をしなかったのは「解散後の選手達には無事に再スタートを切って欲しい」その親心の一心からでした。この事は誰にとっても信じられないことかもしれませんが・・・神様に誓って言います。この思いは綺麗ごとを一切抜きにして今でも「嘘偽りない正直な思い」です。

世間から、ファンの皆様からもドロボーと呼ばれてまでも、なぜ記者会見を開かなかったのか?その真相を書いていきたいと思います。世間とは下世話なもので「選手たちが起こした、神新二社長への裁判を自ら取り下げた!」という事実があるのにも関わらず、私に正式な取材の申し込みもせずに、ただただ一方的に相変わらず私をドロボー扱いする記事を垂れ流していました。最近になってもSNSで「神社長が反論をしないのは、後ろめたい事があるからだ!」等とツイートしたりする人もいました。それはまるで何かに憑りつかれた様に私に対する攻撃を繰り返していました。それこそ下種の勘繰りです。そんな一方的な誹謗中傷攻撃の雨あられの30年間でした・・・。しつこ過ぎて正直呆れてしまいます。

しかし見方を変えればある意味「30年以上もマスコミを賑わす」ほどの影響力を世間に与えられたのだとも思ってもいます。多くのインパクトを与えた事の証でもあるのだと。しかしそのあまりにも酷い一方的な報道を見た知り合いの弁護士の先生は、「神さん、みんなまとめて名誉棄損で訴えましょう!100%勝てますよ。力にならせて下さい。」とか、別の先生は「あまりにも酷いから名誉棄損で訴えさせて下さい!無料で良いのでやらせて下さい。これは酷過ぎますよ・・・。選手もマスコミも、SNS上での人達もまとめて訴えますから!」とまで言って下さるほど、選手やマスコミの発言は嘘の言いたい放題で本当に酷い状態の連続でした。極めつけは「私が詫び状を持ってきた!」等という嘘を選手が付き始める程にエスカレートし、嘘のつき放題でした。

しかし私は新生UWFの旗揚げを自分で考え勇気を出して立ち上げたという自覚がありました。そして尻込みする選手を説得して団体を立ち上げ、そしてその全てをプロデュースし、団体を育てて来た会社の長としての責任を全うしようと最初から心に決めていました!その責任とは「絶対に選手の悪口は言わない!」という事でした。だからこそ反論の記者会見を私は一度も開きませんでした。それは私が記者会見で、口を開けば言いたくもない事まで言ってしまう事になると思ったからです。私は選手の信じられないような不祥事の数々の尻ぬぐいを数多くして来ました。その中には選手生命が終わるような酷い、ここでは絶対に書けないような内容の事件もありました。それを私がもみ消して来たのですが、これらの酷い選手の事件の事は、実は会社の社員にも他の選手たちにもその詳細を伝えてはいませんでした。それ程までに守ってきたですが・・・。

私は新生UWFの旗揚げを決意した時から、選手の事は何があっても最後まで守ろうと心に決めていました。ドロボーと呼ばれても、決して選手の悪口は言わないというその決意を最後まで全うしたのでした。多分このことは、一般的には理解不能な事だと思います。でも一人でも分かって下さる方がいれば、それでOKだとも思っています。それ程までに私は新生UWFを生みの親として誰よりも心から愛していました。そして選手を愛していました。私は私自身のことをドロボーと呼んでいる選手自身を、実は私が彼らを守ったという自覚があります。解散後であっても、私は無事に選手だけで独立して成功を続けて欲しいと心から願っていたのです。これが新生UWF解散後、一切私が会見を開かなかった本当の理由です。

ですから、今でも私の心の中には「さわやかな風」が吹いています。それは「自分自身との約束を守った」という、さわやかな風です。他人を悪く言わなかったという気持ちの良い風です。正直悔し涙を流して、本当に苦しい時もありましたが・・・周りの方々の支えや応援があって、そのお陰もあって「誰かの悪口を言ったり、誰かを悪者にすることはしない」でここまで来ることが出来ました。これで良かったと思います。たとえ「ドロボーと呼ばれても」・・・これで良かったのだと本当に思っています。

この強烈な一連の出来事が、私のその後の人生の肥やしとなって行ったのでした。人生の学びとなって行きました。「人生とは学びのための教室だった」のだという事を気付かせてくれたのでした・・・。その詳細は次回に♪神新二プロフィール(3)へ続く。

ヴィジョン / Vision
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