雰囲気で分かった様な感じ!?それは「全く分かっていないのと同じ」こと。

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先日、特別アカデミーを開催した時のことです。なぜ今まで自分が変われなかったのか?という話になった時のことです。ある受講者の方はこう言いました。「今まで自分は、分かった様な雰囲気でいました。しかし、それはもう理解したと勘違いしていただけでした!」つまり、分かったつもりになっていたという事に自分で気が付いたのです。これは、とっても大事な事です。

学ぶ者が「雰囲気で分かった様な気になってしまっている」から、変わる事も出来ず、成長できないのです。これはスポーツでも、お稽古事でも、勉強でも人生でも何でも同じことなのです。では「雰囲気で分かった様になっている」人に、実際にやってもらいましょう。何も出来ないのです。こう書くと当たり前の事の様に感じると思いますが、実は多くの人がこれをやってしまっているのです。つまり、頭で理屈だけで分かったつもりになってしまっているという事なのです。

ヴィジョンのところに学びに来る人の多くも、この「分かったつもり」という病気に罹ります。先生から指導を受けている時は、気分も高揚していて理解したと思ってしまうものなのです。先生とは教えるプロなのですから。ですから学んでいる生徒が家に帰り、自分一人でそれが出来るかどうかとは全く別の話しなのです。でも、あなたが自分一人で出来る様にならないと何の意味もないですよね。それでは自立など夢のまた夢です。

実は人間とは「とっても傲慢な生き物」なのです。謙虚を装う事を憶えた日本人は、実は特に傲慢になってしまっています。ヴィジョンはいつも、外見ではなく、その方の内面だけを観るようにしています。でもその本人も「自分が傲慢な生き方をしている事に気が付いていない!」から、厄介なのです。何事も自覚があればこそ、変えようと努力も出来るのですが無自覚が一番厄介なのです。ここが、心をオープンにして生きれるかどうかの鍵となるのです。いつでも謙虚にある努力が大事なのです。

Vision / ヴィジョン

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コメント

    • かえるまんじゅう
    • 2019年 7月 15日

    お顔を隠してる猫ちゃん、可愛い^ ^
    恥ずかしがっているようにも、何かを見たくなくて目を塞いでいるようにも見えます。
    猫だから可愛いけど、人間の大人が「傲慢な自分を見たくない」と本当の自分を見ないふりしているのは可愛くないですね(^-^;

    私もヴィジョンさんのブログを読ませてもらっただけで自分が変われたような気持ちになってしまったりして、
    実際には変わるための努力なんてしていなかったな〜、と恥ずかしくなりました。
    何もできていないのに分かった気になっている傲慢な自分を正直に認める事からしか始まらないのだと思いました。
    そしてそれが「心をオープンにして生きる」事に繋がるというのも
    今の私にはよく分からないですが何かとても大切な事だという気がしています。

    • キイチ
    • 2019年 7月 16日

    ヴィジョンさんのブログ記事を読ませて頂く様になってから、
    実は自分は変わった様な気になっていました。

    何となく人の話を聞ける様になったかな?とか、
    人に優しく接することが少しは出来る様になって来たかな?とか、
    どの辺りが具体的に変わって来たのか?
    自分でも解っていないのに雰囲気で出来てる様な気になっていました。

    「謙虚を装う事を憶えた日本人は、実は特に傲慢」

    この文字を目にした時に正に今の自分のことだと思いました。

    私は自分を変える為の努力もしていませんでしたので、
    ただ解った様な気になって謙虚を装ってただけで、
    それで変われた様な気になっていたんだと思います。

    それは凄く傲慢なことなんだと気付かせて頂きました。

    こんな傲慢な自分を変える為に先ずは、ひとつ目標を定めます。

    傲慢な自分のことに気付かせて頂いてありがとうございます。

    • ハーモニー
    • 2019年 7月 16日

    「雰囲気で分かった様な気になってしまっている」事、
    今お稽古ごとをしている自分にとても良くあてはまります。
    先生にリードしてもらい、一緒にやってもらうと上手くできるのですが、
    うちで一人でしようとすると、ビックリするくらい出来ません。
    レッスン中は、まさしく分かったつもりになってしまっていたのだと思います。

    分かったつもり、とはとても傲慢ですね。
    一生懸命教えて下さる先生にも大変失礼な事だと思いました。

    謙虚を装う事を憶えた日本人は、私の事だ!とハッとしました。
    「謙虚を装う」のではなくて、言葉通り「謙虚」であれるように、
    自分がいかに傲慢かをしっかり自覚し認める事からはじめます。

    • ロイ
    • 2019年 7月 17日

    私も雰囲気だけで、わかった気になる病にかかっていました。
    色んなことを習っていく過程で、頭や理屈ではわかった気に
    なっていましたが、いざ、ひとりになって試してみようと
    しても、自ら再現することは、まるで出来ませんでした。
    それを素直に認めればまだ良かったのですが、誤魔化して
    わかったふりを続けるので、いつまで経っても、理解を深める
    事は、出来ずにいました。

    謙虚さにおいても、謙虚なふりをして過ごしていると、自分の中の
    傲慢さがバレていないと勘違いして、ますます、心の中では傲慢さが
    育っていたのだろうと、自分の姿を見ながら思いました。
    そしてその謙虚さを装った状態を本物の謙虚さと勘違いして
    自分は謙虚な人だと思っていました。
    今回の記事を読ませてもらい、これまで自分は本物の謙虚さという
    ものを、まるで身に着けていないことに気づかせていただきました。
    私は本物の謙虚さを身に着けられるように、努力していこうと思います。
    今回も、素晴らしい記事を読ませていただき、ありがとうございました。

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