私たちは、なぜ人を自分の思い通りにしようとするのか?

私たちは、なぜ人を自分の思い通りにしようとするのか?

私たちは、自分を変えようとする前に、直ぐに他人を変えようとします。

実際に口に出したり、態度に出ていたり、心の中で変えようとしたり…。

あなたはどうでしょうか?

夫婦間ではどうですか?

家族の間ではどうでしょうか?

会社の職場内ではどうですか?

友人知人の間ではどうでしょうか?

他人を変えようとはしていませんか?

でも他人を変えようとして、今までその人が変わったことはありましたでしょうか?

その一時は変わったりしても、また元に戻っていたりしていませんか?

他人を変えようとしても、それはある意味無理な事なのです。

そもそも他人を変えようとしても、簡単に変わるものでもありません。

逆に他人を変えようという自分の傲慢な心に気づく必要があるのです。

あなたは「誰かに自分自身を変えろ!」と言われて、変える事は出来るでしょうか?

きっと相手に文句を言うと思いますよ。

「なんだ、偉そうに!」と…。

私達人間がやっている事は、それはまるで戦いそのものなのです。

自分は変えないが、あなたは変えろ!

いつでも戦いの真っ最中なのです。

これでは心が休まる暇もありませんよね。

こうやって人間は他人と戦い、世の中と戦っているのです。

でも考えてみて下さい。

そもそも戦う必要があるのでしょうか?

戦っているのは誰なのでしょうか?

まるで、自分が自分と戦っている様です。

では、どうすれば良いのでしょうか?

自分がその人を見ている「今の見方を変える」のです。

自分の見方を変えるのです。

これが自分を変えるということ。

他人を変えようとするのではなくて、変えるのは自分。

別の見方で、お相手を見てみることです。

一歩下がってみたり、雲の上から見てみたりするのです。

見方を変えられないのは、自分自身のエゴが勝っているからです。

怒りのままに見たら、相手は怒りの対象でしかありません。

文句を言いながら相手を見たら、相手は文句を言う対象にしかなれないのです。

相手が何であれ、怒りは怒りしか生まないからです。

どちらが正しいか正しくないか?等を超えて、別の見方で見てみるのです。

その真意が「見方を変える」という事なのです。

心の中の変化こそが全てなのです。

自分の心を解決しない限り、新しい怒りの相手が目の前に現れるだけだからです。

自分の心が穏やかにならない限り、新しい文句を言う相手があなたの目の前にやって来るだけなのです。

心のフィルムを変えない限り、そこから映し出される世界は変わらないのと一緒なのです。

なぜならば、あなたの心が世の中に投影されているのですから。

現実に見えるのは、まるで二つの地球の様にも感じて来る事があります。

世間やTVやマスコミが主導するネガティブな地球と、自分が感じているポジティブな別の理想の地球と…。

まるで宇宙が二つあるかの様に感じる時があります。

TVの中で言っている世界は、悪い冗談の星の話なのだと…。

しかしその悪い冗談の全てにも「別の見方」があるのです。

その全ては実は「ゆるすべきもの」だという事なのです。

言い方を変えると、私たちの学びの為に存在してくれているものでもあるです。

「ゆるすべき」対象自体に、変われ!と言っていてはいけません。

それでは学びにはならないのですから…。

自分の不完全さも素直に認めましょう。

そして、それをまずは受け入れましょう。

次に、相手の不完全さも認めて許しましょう。

誰かと比べてしまう幼い心から、許し合う大人の心へのシフトが必要なのです。

ヴィジョン / Vision
▼記事更新の応援クリックをお願いします▼

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。