自分のことを見ている「もう一人の自分」を大切にしましょう。

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あなたは、自分のことを見ている「もう一人の自分」を意識したことはありますか?決してスピリチュアル的な意味だけでなく、日常に於いて普通に自分を見つめるという事を意識したことはありますか?

例えば、自分がいつもの悪いクセを出しそうになった時には「あぁ、また同じことを繰り返しそうだ・・・ダメだよ・・・」と客観的に感じたり、自分の人生の場面場面で「こうしてみたら?」等と感じたりすることはありませんか?きっとあると思います。

またある人は、意識的に自分の事を客観視する様に努力している人もきっといる事と思います。特に、経営者の方々やリーダー的なポジションにいる方々は意識して自分を客観視するトレーニングをしたりもしています。そんなトレーニング方法もあります。

そんな時に、自分の事を観ていてくれている「もう一人の自分」という存在を感じたりする時がありませんか?特に日本人はあらゆる物に神様が宿るという心を持っています。ですから、世界一無宗教な国等と呼ばれていますが、実態は生活に神様が根付いているとも言えると思うのです。

例えば小さいころから「神様が観ているよ!」とか、「誰も居ない時こそ、しっかりと生きなさい!いつでも神様が観ているのだからね。」等と子供を教育したりするのは、とっても素敵な事だと思うのです。その神様こそが、もう一人の自分とも言えるからです。

損得ばかりで生きている大人達を観て、子供たちは笑っています。欲にまみれた大人より、純粋に子供たちの方が客観的に観る事が出来ている様にも思います。私も子供のころから欲まみれの大人たちを観て、絶対にあんな大人にはならない!と思っていました(笑)

もう一度お聞きします。あなたは、感じたことがありませんか?自分を見ている「もう一人の自分」を・・・。もう一人のあなたは、あなたの事をいつでも見守ってくれているのです。それを日本人はご先祖様がいつでも見守っていて下さっている等と言ったりしています。

自分の事を客観的に観れるようになれば、大人への階段を登る事となるのです。自分の我をエゴを通す事だけで、自我を押し通したり高圧的に生きている内はまだまだ子供です。自分と違う人とも一緒に生きていける社会、それは大きな愛が無ければ無理な事です。自分とタイプが違う人を認めるにも大きな愛が必要なのです。その為にも自分という枠から意識的に出て、自分自身の事こそ客観視できる力を意識して、その力を養う努力が必要なのです。

ヴィジョン / Vision
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